自分の言葉で語られると心にくる。
最近心にきた出来事がいくつかあった。
心にくる は、わたし的に、感情が揺さぶられること。
寺子屋ぐろうあっぷでやってるワークショップの中に、『好きなことゼミ』がある。
自分の好きなこと、ハマってること、学んでることを参加者が順番にひとり10分間話すだけのワークショップ。
話す内容も話し方(ただ話すとか、プレゼン資料を使うとか、写真を見せるとか)も全部自由。
正直こういうワークショップ自体はめずらしいものじゃないし、『好きなことゼミ』に来たことがない人でもだいたいこんな感じかなってわかるはず。
ただ、開催した過去2回とも、私の「こんな感じかな」は余裕で超えられてしまい、終わる度に、いやいや、我ながらすごくいいワークショップをしたじゃないかって思う。
なにがそんなにいいのか考えてみた。
①みんなが自分だけの10分間をもってる
そもそも、自分が好きなものについて10分間誰かに話すって、あんまりないんじゃないかしら。
自己紹介で趣味について話すとしてもせいぜい30秒くらい。わたしだったらピアノを弾くことです。小さい頃クラシックを習ってて、高校ではバンドもやって、大学でも続けて、今でも弾いてます。ピアノの音には自分の状態が出るのでおもしろいんですよ〜。あとひとりで弾くのも好きだけど、他の楽器と合わせた時の感動と言ったら…!みたいな。ふむふむ、なるほどねーレベル。
でも、10分あったらけっこう話せる。
それ自体の歴史、それと自分との歴史、それを好きになってからどんなことが起こったか、これからどうしていきたいか、とか。
そして、大事なのは参加者みんなが10分ずつ時間を持ってるってことじゃないかな。複数人で話をするとき、必ず聞き役にまわってしまう人がいる。それはそれで全然問題なくて、むしろそれが好きだわ、とか、楽だわ、って人もいるから。でも、みんな話すしみんな聞くっていう関係性だからこそ生まれる安心感もあると思うので、ここではひとりひとりに好きなことを話してもらう。
②その10分間を自分だけの言葉で埋めてる
10分間の使い方はほんとに人それぞれ。まとめてきたことを先生のように伝える人もいれば、参加者と一緒に語り合う感じの人もいる。
共通してるのは、みんな自分の言葉で語ってるということだと思う。
もちろん自分の好きなことを話すんだから自分の言葉になるのは当たり前だけど、やってみて改めて、例え同じ話題でも話す人によって全然違う10分になることを実感したし、その人が感じたことはその人にしか言葉にできないってことがよくわかった。
初対面でも、前から知ってる人でも、その人自身の言葉で語られる内容にはとっても惹きつけられる。話し手も聞き手も前のめり。たった10分でも、話し手の目線に立ったり、脳内をのぞいたりすることができるので、聞き手は楽しい。話し手も、自分の話がどんなふうに伝わるかがダイレクトに感じられるので楽しい。
同じ知識も経験も、人によって解釈、感じ方が違うので、好きなことを聞いてるだけなのに、だんだん話し手の人となりが浮かび上がってきておもしろい。
ちなみに、第一回目はどんなことがシェアされたかというと…
・ブラック企業で困ったとき、どうしたらいいか
労働組合員の経験から、役立つ情報をシェアしてくれました。知らなかったことばっかりで勉強になった。そして、参加者の中には雇われる人もいれば雇う人もいて、双方の視点から質問があったのもおもしろかった。
・数の奥深さと魅力
数とデザインと音楽が好きな方が、数の概念やその面白さについて話してくれました。日常的に数の視点をもって物事を見ている彼女。建物の造形にも数の魅力がたくさん隠れているとか。彼女の目線ツアーをやりたい。
・美味しい日本酒って?
秋田出身、青春時代を新潟で過ごした方が、美味しい日本酒の選び方を教えてくれました。酸、アミノ酸、日本酒度など、基準になるものはある。でも酒は芸術作品だから、基準が役に立たないことも。酒屋さんの一言「燗してマズイものは何してもマズイ!」が印象的。
・書いて発信することの面白さ
学生時代からブログを続けている方が、書いて発信することの魅力を語ってくれました。ニッチな情報でも、それを欲しがってる人は必ずいる。何かを発信すると受け取る人がいる。なんと、そのときの参加者3名が彼女に触発されてブログを始めた…!
・幸せでいるための健康
栄養学と出会い、ご自身で勉強を続けている方が健康って何?を伝えてくれました。人、時間、収入…幸せをはかるものはたくさんあるけど、すべては健康でないと満たせない。逆に言えば、健康であればどんなものでも手にすることができる。健康でい続けるために秘訣はまた次回!
好きなこと、ハマってること、学んでること…
人それぞれ題材も切り口も違って本当におもしろかった。ひとりひとりの言葉に力があって、これはこの人にしか語れないなと思ったらとても興奮した。2回目もそうとうよかった。
これからも楽しみ。
おわり。
結局今、何して生きてるか。あと、やっぱりうつ病にはなりたくなかったな。
会社に行けなくなってから約2ヶ月、
会社を辞めてから約2週間が経った。
自分なりに、フリーター のじま という役割を全うしてるつもり。楽しんでるといえばいいのかな。
6月に入ってからの食事と睡眠以外の時間を何に使っているか考えた。
①生きるためにやっていること 35%
②生きているからやっていること 50%
③これから生きていくためになるかもしれないこと 15%
たぶん大きく分けてこんな感じ。
①は生活費稼ぎの派遣
まさかの5:30起き。ひたすらハンディでピッピってやるお仕事。ご飯を食べたり移動したりするためにどうしてもかかるお金があるのでそれを稼いでいる。
でも、残念ながら自立はできてないので親の脛をかじっている。唯一今の生活で満足できていないのは親のお世話になってること。
②は新城劇場とわくいふ
新城劇場という古本屋ではヤクシャ(店員)を。
わくいふでは寺子屋ぐろうあっぷ班としてワークショップの設計やファシリテーターを。
新城劇場は今は儲からなくていいと思ってるけど、儲かる仕組みづくりには興味あり。わくいふは絶対に生業にしたい。
どちらも、生きているからやっている。たぶんやわらかい使命みたいなもの。すきだし、使命。
③は7月からの働き口(働き方)探し
気になるNPOがひとつ、塾講師や家庭教師で英語を教えるという選択肢(大学時代に劣等生ながらも教職課程を乗りきった意味がここで発揮されるのかも)もある。働いてみたい居酒屋も2軒くらいある。
何れにせよひとつの組織に属して週5日間働くのはもう諦めたい。うまくいかなかったから。
うまくいかなかったことをもう一回やろうと思えるほど元気じゃない。
あと気をつけたいのは、お人好しな言動。
人手が足りないと言われたから、を働く理由にはしない。絶対にしない。
うまくいかないことがわかってるから。
ひとつだけ最近思うことを。
確か去年の今頃はうつ病の停滞期だったと思う。そして今年の5月に少しだけど再発もした。それで会社を辞めざるを得なくなった。
再発したときは悔しかったけど、まあ、これからもちょくちょくあるかもなと思えたのでよかった。
うつの経験で得られたものはめちゃくちゃ多い。それについてはまた今度書こうと思うけど。
でも最近、いやいや、ならないですむならなりたくなかったでしょ、という素直な気持ちでいっぱい。
理由は、身体が覚えてるから。
一回うつの経験をすると、心や頭はいろいろ学べてプラスの方向に持っていけるけど、なんか身体は違うみたい。
すぐ疲れちゃう。ちゃんと寝てもちゃんと食べてもちゃんと休んでも、慢性的にエネルギーが足りてない感がある。薬はもう飲んでないから。
たぶん身体は、また同じようにならないように、はやめに信号を出してれてるだけなんだけど。
それはとってもありがたいことなんだけど。
やっぱりちょっと寂しい。
まだ若いのに、って思っちゃう。笑
だからできれば、うつ病になる人を減らしたい。
「もうできません」って思っていいし、言っていい。
自分の身体を守れるのは自分だけだから。
少しずつだけどそんなことも伝えていけたらと思っています。
おわり。
なぜ「オンとオフをはっきりさせようね」に違和感が残り続けているのか
(今回こそはまじで、伝わるように書ける自信が全くない)
土日しっかり休んで、また月曜日から頑張ろう!
が、ずーっと受け入れられない。
会社からお休みをもらった人が、
お休みありがとうございました。リフレッシュしたので頑張ります!
っていうのも、ずーっと違和感。
合コンでよくある(行ったことないから知らないけど)、オフの日は何してるんですか?ご趣味は?という質問も、たぶん聞かれたら嫌だ。
会社で働く時間=オン
会社で働かない時間=オフ
という大前提のもと、オンとオフという言葉は使われている。
さらに、
会社で働く時間=オン=ワーク
会社で働かない時間=オフ=ライフ
として、ワークライフバランスの重要性も叫ばれて久しい。
その言葉の意味自体は理解できるけど、聞くたび心の奥の方がもやっとする。
私にとっては、ぜんぶ ひとつの人生 だからオンとかオフとかはない。
会社で働いていた月〜金をずーっとオンで走り、
華金を喜び、土日はオフ。
そんな規則正しく心と身体は動かないよ。笑
だったら最初からフリーでやればよかったじゃないか
という声が聞こえてきそうだけど、
まさかこんなにも違和感を覚えるなんて、会社で働くまでは気づかなかったので。
みんなと同じようにちゃんと働ける気がしてたので。
オンのためにオフがある、つまり
会社で働く時間のために、会社で働かない時間を過ごす
それって、我々は働くために生きているのか?という問いにも繋がるけど
もうなんかこわくて。
確かに会社ではいろんなこと(毎月決まった日にちにお給料が入ります、とか、保険がありますよー、とか、家賃の手当てとか?)を約束してもらってて、オフの日の自分を支えてもらっていると言っても過言ではない。
だからオンのためにちゃんとオフするってのはたぶん正しいのだけど…。
たぶん私が嫌なのは、稼げないものはすべてオフにまわされることだと思う。
わかりやすく稼げなくても自発的にやってしまう活動(今の私で言うと新城劇場やわくいふ)は、私の中ではオン。
でも会社にいると、それらはオフ。
たぶん真面目だから、会社に勤めてたら会社でちゃんと力を発揮しないと、と思いすぎてたのかも。でも世間的にオフと呼ばれる活動もしたくて、オフがオンを上回っちゃうこともよくあって、辛かったのかな。
まあこんなことをごちゃごちゃ考えてしまう時点で、会社員は向いていなかったということで、これからはゆるやかにオンを続けていけるような生き方をすればいいと思う。
オンとオフの間というか、4割〜7割のオンというか。
最近は派遣で倉庫業務をやってて、こういう仕事(ザ・作業!)ならオンオフはっきりつけられるのかも、と思ってる。
興味的に言ったら完全に派遣はオフだけど。笑
今夜は同期の女の子に会う。
同期という存在は不思議なもので、あんな辞め方しても会うのこわくない。嬉しい!
おわり。
会社員でい続けることを諦めたそれっぽい理由とほんとの理由
タイトル通り、会社員でい続けることを諦めました。
つまり、会社を辞めた。
就活中に『働く人が自ら動き出し、組織が活性化する社会を創造する』的なビジョンに共感し、この会社でならそんなことが実現できるのでは、そして、社員さんも明るく優しく面白い人が多いから楽しく働けるんじゃないかしら、
そんなことを思って入社を決めた社内コミュニケーションのサービスを展開しているおもしろい会社だった。
でも続けられなかった。というか、冒頭にもあるように、続けることを諦めた。
今日はその理由について考えてみたい。
まずは、それっぽいほうから。
①たった1年でうつ病になったから
前の記事にもちらっと書いたけど、1年目の終わり頃、激務でうつ病になった。なんでこんなことになったか今となっては明確で、「できません」が言えなかったから。できませんって言ったらもう仕事任せてもらえない気がしてて。あと評価も下がるし。お客さんにも迷惑かかるし上司にも会社にも迷惑かかる。
半年休職して気づいた(当たり前の)ことは、私の仕事は誰にでもできるということ。会社というのはそういうもの。むしろそうでないと会社として成立しない。だから、恐れず「できません」を言えばよかった。自分でコントロールできない不調が続いてどんなコミュニティにも参加できない日々を送るより、会社という1つのコミュニティで評価が下がるほうが幸せ。
良い会社だったので十分お休みしたあと復職させてもらい、しばらく良い感じだった。
でも、この会社では体調が常に万全でないと働き続けるのは難しいなと薄々感じていて(どこの会社でもそうだけど笑)、長くは働けなさそうだなと思っていた。
②共感していたビジョンと自分のビジョンが乖離したから
ビジョンに共感して入社したものの、2年ほど経つと自分のビジョンが変わっていった。
「共感する」と、「自分もやりたいと思う」は全然違うことだった。会社が大きくなれば、サービスを受ける人が増え、会社のビジョンを実現できるので、私の望む(共感する)社会にはなる。
でも私は、ビジョンに共感し、その実現を応援していただけだったらしい。この手で会社を大きくしたい!という想いはなかった。そこに当事者として関わっている私はいなかった。新卒正社員入社のくせにひどい。あれだけ当事者意識をって言われていたのに。
さらにいえば、自分のビジョン(この説明はめんどくさいから今度)を実現できそうな場所や一緒にやりたい人がだんだん浮かび上がってきたので、環境が整っているにも関わらずそれ以外のことに時間を使うと、いう選択はできなくなっていた。
恋愛でも、ずっとAくんが好きだったけど、実はBくんのほうがもっと好きだ!って気づくことはあって、気づいた瞬間から、Aくんとの時間よりBくんとの時間を優先してしまうと思う。そんな感じ。
以上の2つが、会社員でい続けることを諦めたそれっぽい理由。でも実はこの2つ、会社員を諦めた理由じゃなくて、会社を諦めた理由だった。
今回私は他社への転職活動をしなかった。これからする予定もない。
じゃあ会社員でい続けることを諦めたほんとの理由ってなに、、。
それはたぶん、
飽きたから
だと思う。とても単純だけど、
・毎日同じ電車に乗る
・毎日同じ駅で降りる
・毎日同じビルに入る
・毎日同じ席に座る
・毎日PCカタカタしたり会議したりする
・毎月決まった日にちゃんとお給料が入る
(これはもちろんありがたいことだけど)
そういう毎日毎日にただただ飽きたんだと思う。
ひとつひとつの仕事内容はおもしろかったし、人もよかった。
でもなんか、毎日毎日同じということが、安心/安全を通り越して恐怖に変わったんだと思う。
で、他社に転職しても場所や人、内容は違えどたぶん同じようなことが待っている。最初は楽しいけど、そのうち絶対飽きる。
我慢しながら行動すると身体に出るということがここ最近わかってきたので、飽きるとわかっている環境に身を置くのはしばらく辞めたい。飽きない努力をすればいい、みたいな考えは今のわたしには全然響かないので努力もしないことに決めた。
じゃあどうすんの?
は、長くなるのでまた今度。
自分探しの旅?とか聞かれることはまあまああるけど、今はあまり旅欲求がないから旅には出ない。
お金もないし。笑
おわり。
25歳になったあたりから考えていること
わくいふの寺子屋ぐろうあっぷ主催で
『好きなことゼミvol.1』をやった。
参加者に自分の好きなこと、ハマっていることを10分間話してもらう企画。
今日の参加者は5人で、
日本酒あれこれ
数やその概念の面白さ
ブラック企業対策方法
幸せでいるための健康
書く/発信する
について話してくれた。
ここ最近思考してることをそろそろ言語化してストックしたり自分の外に出したいと思っていた私にとって、書く/発信する が刺さった。なので久しぶりにこのブログを引っ張り出してきた。
これまでわりと平凡に生きてきたけど、新卒入社した会社で1年目が終わる頃うつ病になったこと、半年休職して去年の秋に復職させてもらったにも関わらずこの春再発したこと
その他諸々も踏まえてここ数年を振り返ると、なかなか味のある人生になってきたと思う。
さっき3年前のブログ読んでみたけど根底にある思いはそんなに変わってない。「こんな生き方もある を体現し続けたい」なんて、まさにそう。いいとか悪いとかじゃなくて、変わってない。
じゃあ3年前は考えてなくて25歳になったあたりから考えてることはなんだろうか。
いっこいっこに言及してると朝が来ちゃうからさわりだけ。
◆仕事、生活編
①オンとオフとかワークライフバランスという言葉への違和感
(稼げるものがオン、そうでないものはオフ、という一般認識に抗いたい)
②組織のビジョンと自分のビジョンが乖離すると、たとえひとつひとつの仕事がおもしろかったとしても組織にい続けることがかなり困難(今回再発したのは激務ではなく、ビジョンの乖離に気づいてしまったためなのでは)
③ひとつの組織に長く在籍することを安心とは思えない(所属コミュニティがいくつもあって、その中で稼いだり稼がなかったりしたほうが精神的に安心)
④就活が始まる前に、学生のまわりに企業(オフィス)就職以外の選択肢を置いておきたいし、それらを選択したい人がいれば力になりたい。
◆恋愛編
①結婚しようと思えば思うほど、自分が相手に対してつまらない人間になって辛いので、一旦同棲や結婚や出産について考えなくなった。→付き合ってるのちょー楽しくなった。できればこのままがいい。
②男とか女とか実は関係ないのでは。(今後女性を好きになることもあり得そう)
おわり。
坂爪圭吾さんとトークセッションしました
最近ホットな坂爪圭吾さん(ブログ:いばや通信)とトークセッションしてきました。
イロハニ堂(いつもお世話になっているカフェホーム - うちのカフェ イロハニ堂)のおかげか、聞きに来てくれた人たちのおかげか、なんだかとてもリラックスしてしまって、スピーカーだということを忘れ、坂爪さんの話をふむふむ、と聞いていました。
テーマは「ゆとり世代と圧倒的肯定力」。わたしは最近ゆとり世代というワードに興味があり、坂爪さんは圧倒的肯定力について考えているということです。
今回は、圧倒的肯定力論(世の中にはいろいろな人が溢れているのだから、それぞれのできないことをいちいち否定するのはばかばかしい。もっと自分も他人も肯定しながら生きたほうが楽しいでしょ。)を前提に、ゆとり世代壁問題(「ゆとりだからなー」と括る方と括られる方との間に壁ができ、うまくコミュニケーションがとれなくなる)の解決について考えられたらなーと思っていました。
参加者の方の声も含め、いろんな話が出て、あーやっぱり言葉は生きているなと思いました。ゆとり世代壁問題を解決する方法について、ではないけれど、せっかくなのでいくつかのお話を紹介します。
・人は得体の知れないものに名前をつけてカテゴライズしようとする。
ゆとり世代の言動を「理解ができない」「よくわからない」と嫌がる方がいると思いますが、その方々はわたしたちを「ゆとり世代」と括ることで、なんとなく安心できるのでは?と思いました。
ちなみに坂爪さんは家がない生活を何ヶ月もしている得体の知れない人物なのですが、自分が何者かは名乗っていないので、まわりの人が勝手に「あなたはアーティストだ」とか「(ライフスタイルをつくる)建築家だ」とか名前をつけてくれるそうです。面白いです。
・どうせやるなら楽しい方が良い。
私は今年就職活動をしていました。就活は絶対しなきゃいけないわけじゃないけど、卒業してすぐに行きたいところややりたいことがあったわけでもなかったので就職の道を選びました。当初「就活」のイメージは、お金がかかる・疲れそう・なんか基本全部スーツ、といったマイナスな感じでした。でもどうせやるなら楽しいほうがいいじゃん、と思って、カフェでリクルートスーツを着ている就活生を見つけては話しかけて友だちを作っていたら就活が楽しいものに変わりました。(そういえば昔のブログに就活のことが書いてありました。就職活動こそ直感が役立つ - moeco430's blog)
ちなみに坂爪さんは家をなくしたとき、この状況を悲しむこともできるけど、楽しむこともできるじゃん、と思ったみたいです。ちなみになくしたのは家だけでなく彼女もだったのですが、ネタとして笑い飛ばしていたらいつの間にか楽しくなって、今では知り合いでも知り合いじゃなくても自分を泊めてくれたりご飯をごちそうしてくれる人がいて、家がなくても生きていける!ということを元気よく証明しています。面白いです。
・楽しそうに生きている姿を見せていると人は応援してくれる。
坂爪さんの生き方をおもしろがって、交通費出すから会いましょう、と言ってくれる人がいるそうです。今日のイベントでも、困ったらうちに泊まりに来てください、と言っている人がいました。理由はたぶんとても単純で、坂爪さんが楽しそうだから・坂爪さんを見ていると元気が出るからだと思います。
それでなんとなく自分の話を思い出したのですが、就職活動中に祖父に「人のためになる仕事をしろ、公務員になれ。」とたくさん言われてきた私が母に「お母さんは私にどんなふうになってほしいとかあるの?」と問うと、母は「そんなの何もないよ~。」と言いました。大学入学と同時に実家を出た私は、新潟に来てそれはそれは楽しい毎日を送り、母のことが好きな私は機会があれば楽しい出来事について話していました。そのおかげか母は「あんたが自分でいいと思ったらそれでいいと思う。あとは言うことないねー。」と言ってくれたのです。圧倒的肯定力。素敵な人です。
まだまだ書き足りないお話がたくさんあるのですが、今日はもう眠いのでここまで。
誘ってくれた坂爪さんに感謝します。
来てくれた皆さまにも。
おやすみなさい。(卒業したいから卒論やります)
とにかく満足した、シティマラソン
新潟に来て3年半が経った。
今までいろんなことがあってそれなりに毎日充実していていつの間にか新潟を好きになったけど、もっともっとわかりやすい思い出をつくりたくて、シティマラソンに参加した。
もともと走るのが好きだったとはいえ、21キロの経験はなかったし、7月から練習を始めたわりに全部合わせても50キロも走ってなかったから完走できるか少し不安があった。
当日は申し分ない快晴で、こんな日に走れるなんてほんとにわたしは運がいいわ、といつも通り単純に喜んた。
結果、無事に(倒れるんじゃないかと何人かから心配されてたけど)完走し、サトウの切り餅をおいしくいただいた。ここまではイメージできていたのだけど、このあとずーっと、ずーっと、満足感に包まれているのが不思議。
終わったあと、連絡をくれていた親や友人、どの人にもわたしは決まって、「とっても満足した!」と返事をしていた。家に帰ってからも「はあああ満足だー」とひとりで言ってしまうくらい満足していた。(笑)
なんでこんなに満足したのか考えてみたらいくつか理由が見つかった。
・人生で初めてシティマラソンに出たから
・人生で初めて21キロ走り続けたから
・人生で初めてあんなにたくさんの人と一緒に走ったから
わかりやすく書いたからわかると思うのだけど、わたしは「人生で初めて」のことをすると満足するらしい。完走しなかったらどうか、はわからないけど、たぶんそれでもそれなりに満足したと思う。
いつも言ってるけどどうせ生きていくなら楽しいほうがいいし、自分で自分を満足させる術を知っているといい。
この夏はけっこう、楽しくないな、と思ってしまう瞬間があって辛かったけど、よく考えたら人生で初めてのことなんていくらでもあるんだからもっと楽観的になってもいいかも。
卒論だって人生で初めて書いているわけだし、きっと終わるころには満足できるでしょう。
久しぶりに21時までに家について、部屋の掃除をして、洗濯をして、洗い物をして、ピアノを弾いて、本を読んだ。
おやすみなさい。